恵方巻きの食べ方は願いこと?その由来は?恵方の方角はどう決まる?

節分と言えば「豆まき」と「恵方巻き」が思い浮かびます。
「豆まき」鬼が出てきて豆をまく!ずいぶん昔からあったように思いますが
「恵方巻き」はさてどうだったでしょうか?もう毎年定番になって恵方巻きを食べる方も多くなりましたが
30年ほど前には聞いたことなかったような気がします。
どんな食べ方が正しいのか?どんな由来があるのか?恵方の方角ってどう決まるのか?
をまとめてみました。

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1.恵方巻きの食べ方は願うこと?

その年の恵方の方角とは、その年の福徳をつかさどる歳徳神(としとくじん)という神さまが居る方角になり、この年徳神さまが居る方角に向かって事を行えば「何事も良いことになる」というのが、恵方巻を食べるときの方角といわれています。
この為、恵方巻を食べる時の方角は、その年の良い方角ということです。

切らずに食べるというのは、縁を切らないようにするという意味がこめられています。
無言で食べるのは、食べ終わるまで願い事を唱え続けるという事を意味しています。
また、恵方巻を食べている時にしゃべると福が逃げると言われています。

「恵方に向かって!恵方巻きを丸かじりで!
食べ終わるまで願い事を唱え続け!黙って食べる!」

ということです。
(まだまだ諸説あると思われますが・・・。)

2.恵方巻きの由来は?

恵方巻きの発祥は諸説ありますが、代表的な流れは
1)幕末 大阪船場の商人たちが幕末ごろに始めたというものがあるようで、ごく狭い範囲での風習だった。

2)大正初期 大阪の花街で、節分の時期にお新香を巻いた海苔巻きを恵方に向かって食べるという風習(流行り?)があった。

3)1932年 大阪鮓商組合が「節分の日に丸かぶり ~この流行は古くから花柳界にもてはやされていました。
恵方に向いて無言で壱本の巻寿司を丸かぶりすれば其の年は幸運に恵まれる」と書いたチラシを配布。
当時のチラシが「本福寿司」(大阪中央区)に残っているそうです。

4)1973年頃 大阪海苔問屋協同組合が「節分の夜、恵方に向かって無言で家族揃って巻き寿司を丸かぶりすると必ず幸福が回ってくる…と
昔から言い伝えられています」と書いたチラシを、寿司屋に海苔を納める時に配った。
当時は大阪のデパートでも「2月3日 幸運巻き寿司売り出し」と宣伝販売されていた。

5)1977年  海苔業界による街頭イベント「海苔祭り」が大阪・道頓堀で開催され、「節分の丸かぶり」を取り入れた「巻き寿司早食い競争」が行われた。
これがマスコミに取り上げられて全国に知れ渡ったのをきっかけに、全国主要都市の「海苔祭り」でも宣伝されるようになった。

6)1983年  ファミリーマートが大阪と兵庫で販売開始。

7)1989年  広島のセブンイレブンが恵方巻きの販売開始。
翌年より販売エリアが広がり、95年には関西以西の地区、98年には全国エリアで販売するようになった。

このセブンイレブンが恵方巻なる言葉をつくったのではないかと思われています。
それと「一気に丸かぶりしなければいけない」というのは、海苔の販促として恵方巻を売り出した、「たこ昌」の代表取締役である山路昌彦氏の作り話とも言われています。
お新香巻で細いのでいいんじゃないかと思われますが、太巻きって言うのは、寿司屋の創作、むろん七つの具も寿司屋らしいこじ付けかもしれません。

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3.恵方の方角はどう決まる?

恵方は方角はその年の十干(じっかん)によって決まります。
十干とは、
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸
の十種類からなります。

年、 恵方のおよその方角、 西暦
丁(ひのと)    北北西     2017
戊(つちのえ)   南南東     2018
己(つちのと)   東北東     2019
庚(かのえ)    西南西     2020
辛(かのと)    南南東     2021
壬(みずのえ)   北北西     2022
癸(みずのと)   南南東     2023
甲(きのえ)    東北東     2024
乙(きのと)    西南西     2025
丙(ひのえ)    南南東     2026

まとめ

どうも大阪が発祥で、販売促進の流れがあったようです。
ということは、節分とは季節の分かれ目をいうので、「立春、立夏、立秋、立冬の前日」と年に4回ありますので、 近い将来、立春の前日(2月。冬の節分)以外の節分に注目し、
5月に春の恵方巻き、8月に夏の恵方巻き、11月に秋の恵方巻きと
年に4回も願掛けをしながら恵方巻きを食べるようになるかもしれませんね。

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